ラグビーの起源
ラグビーの起源は、「1823年、イングランドの有名なパブリックスクールであるラグビー校でのフットボールの試合中、
ウィリアム・ウェッブ・エリス (William Webb Ellis) がボールを抱えたまま相手のゴール目指して走り出した」ことだとされている。
1840年頃にはボールを持って走る「ランニングイン」が確立して普及しだしたのは確かであるが、
その第1号がエリス少年だったかどうかは諸説ある。
しかし、エリスが最初にボールを持って走ったという証言が記してある文章が、
ラグビーの起源を調べる上で最古の文献だということは間違いなく、
起源と考案者を探る上で名前がわかっている人物はエリスただ一人である。
日本ラグビーの創始者:E.B.クラーク(Edward Bramwell Clarke)について
1899年慶応義塾の英語教師として新任したイギリス人、E.B.クラークが
ケンブリッジ大学で自ら体験したラグビーを、同じく同大学で学んだ田中銀之助の協力のもとに、
慶応義塾の学生達に直接指導したのが日本ラグビーの最初であった。
E.B.クラークは1874年、横浜に生まれている。
1899年から1910年まで慶応義塾に在職し、語学教師の任務のかたわら学生達にラグビーを指導した。
慶応義塾在職中にリューマチスを患い、右足切断の災厄があった。
このためスポーツからの全面的引退を余儀なくされた。
1913年、京都三高の外人教師に転じ、1916年京都帝大(現在の京都大学)
文学部教授となり、1934年、彼が死に至るまで英文学者として生徒達を指導した。
小泉八雲とも出会いのあったすぐれた文学者であったと伝えられている。
若い教師の純粋な気持(学生達に大気のもとでのびのびとスポーツを楽しませたい)
が日本ラグビーの発祥の起源である
